昨日よりちょっといい日

昨日より今日がちょっと良くなるように、日々実験した結果を書いていくブログ、にしようと思いましたが、自分の頭を整理するためのチラシの裏と相成りました。

私の病気が悪かった時

そこそこ元気ながら、人並みの活動ができていないことに自責の念を覚える今日この頃です。元気になったとしても普通の人生は送れないのかなーと思います。
そんな時は、どれくらい良くなったかを考えてみよう!ということで、去年の今頃を振り返ってみます。

去年の5月、6月はかなり苦しんでいました。復学をして、東京で暮らしていたのですが、耐え切れず実家に戻ったのでした。東京の医者は依存は良くないからどんどん薬を減らそうと言って、睡眠薬などをカットしていきました。今思えばこれはひどいミスジャッジでした。
どうしても眠れず、常に周りから攻撃されているような気がして緊張していました。妹に側についていてもらって、とろりと昼寝することができた日は嬉し泣きに泣きました。とっくに正常な思考はできなくなっていて、常にパニック状態でした。本当になぜお医者さんは断薬を焦っていたのか。

眠れない日と緊張が続いて発狂寸前だったので、ギリギリ帰れるうちに田舎に帰りました。
実家に帰っても全く眠れず、リラックスもできず、毎日怯えて半泣きで暮らしていました。実家に帰ったくせにリラックスできないのはおかしい、甘えるなと親に責められたのもこの頃でした。今思えば、おかしいのが分かっているならなぜ病院に連れて行ってくれなかったのかって感じです。
昼間動いたら眠れるんじゃないかと、公園に散歩に連れて行ってもらった事もありました。歩くくらいじゃだめかと思って走ってみたりして、全身痛くなって、30分くらい眠れた時は本当に嬉しかったものです。恥ずかしいのですが、昼間に母親の布団に入っている時だけ少し眠れました。
この頃には朝から晩まで幻聴も聴こえるようになっていて、神経がすり減っていました。常になにかが監視していて、私の一挙手一投足を実況中継しながらダメ出ししてくる。入院させて意識をなくしてほしいと願っていました。1日でも休めればまたしばらく我慢できるからと。
毎日38度台の熱が出ていてふらふらしていました。
なにを恐れていたのか分かりませんが、常に何かに脅かされていて、一時も安心できませんでした。全身が震えるような緊張が朝から晩まで続いていました。完全に気が狂ってしまわなかったのが不思議です。毎日暗殺者に命を狙われている要人って(いるとしたら)あんな感じだと思います。がんばれ要人。

どう考えてもおかしいので、自力で病院に行きました。地元の病院は先生が代わっていて、また1からの治療になりました。
しかしこのお医者さんが最終的にロナセンという薬を出してくれ、それが合っていたため、症状は落ち着きました。それは9月のことでした。それまでどうやって耐えていたのか、考えても思い出せません。

大変だった時期のことを書こうとしても、当時は混乱していたので、混乱したことしか書けません。
なぜあんな苦しみを舐めなければならなかったのか、釈然としません。
でも、「殺してくれ」しか考えられなかった毎日から、こうして人間らしく暮らせるまでになったことに改めて感謝の念が湧きました。

精神の病気って本当に症状が人それぞれだと思うのですが、私はこんな感じでした。
悪い時は苦しいですよね。今苦しんでいる人たちが少しでも楽になるように、心から願っています。