精神的アレルギー反応に困っている件
相変わらずのチラシの裏です。
いろいろ振り返ってみると、私の頭には重大なバグがあるようなので、そのことについて書きます。
似たような問題を抱えている人に会えればいいな。今のところ、参考になる本などが何もない状態です。
どうも自分は、特定の状況下において、困難を人よりずっと大きく感じるようです。
周りの人が地面に描かれた一本線の上を渡っている時、私だけ峡谷に渡された一本の綱の上を渡っている感覚になっている気がします。
何か心にエラーがあって、ないはずの危険に反応しているような感じです。
最初に苦労したのは大学受験の時でした。
1年次から成績が良く、ずっとA判定だった大学を順当に目指していたのですが、3年になってから受験への恐れで勉強に手がつかなくなり、秋からは毎日机に向かって泣いていただけでした。
成績良好にも関わらずです。
勉強しようとすると涙が止まらず、特に夜は発狂しそうでした。死んだら楽になるのにと思っていました。
受験の申し込みも怖くてできず、家族に連れられて無理矢理手続きをしました。
うまくは書けませんが、全然正常な状態ではありませんでした。
受験当日になると落ち着いて受けることができて、点数的にもかなり余裕で合格しました。
しかし最後まで自分をコントロールできなかったので、自分はなんて精神の弱い駄目な人間なんだろうという罪悪感が残りました。
今思えば、普通の人の受験辛いとはちょっと違う、異常な反応だったと思います。
いろいろな本を読んで嫌なことに取り組む方法を調べ、たくさんお説教もされましたが、理性でどうなる恐れではありませんでした。崖に立たされて一歩踏み出せと言われているような感じでした。
勉強はもともと好きで、ちっとも苦にしたことはありませんでしたのに。
次に苦労したのは卒論を書く時でした。
構想を褒められ、調べ物をし、背景を書くところまでは順調だったのですが、いざ自分の論を書くとなると一文字も書けませんでした。
どうがんばっても一字も書けません。
いろんな人に相談もしたのですが、パソコンに向かうと心が辛くなって何もできませんでした。
どうしようもならなくなってから、実家に帰って2週間で無理矢理書き、なんとかできました。
できた論文はとても良い評価をもらいました。
この時も、自分はなんて駄目な人間なんだろうという思いが残りました。
三度目は修論の時でした。
同じ轍を踏むまいとかなり早くからあれこれ準備をしていたのですが、全く同じようになって失敗。
とうとう精神を病んでしまいました。
しかしこれもまた完成品はとても良い評価をもらったのでした。
なんか完全に無駄な血反吐を吐いて成功するっていうパターンができてしまっているのですが、これ以上これを繰り返すのは嫌だなあと思います。
ちゃんと自分でコントロールできることがやりたいです。
このような失敗から、自分は根性なしのクズ野郎だと思っていたのですが、いろいろ考えるに、根性が足りないのではなくて、状況の認識にエラーがあるのではないかと思えてきました。
同じことをみんなわりと平気にやれているようだから。
そして、私はこの妙なエラーが発動しない時は着実に仕事をする努力家だからです。
留学先で全単位を取る方がはるかにキツかったのですが、その時は徹夜続きでがむしゃらにがんばれました。
コツコツやれば余裕そうな時ほど、何かエラーが起きて発狂してしまうのです。
この認知のバグが修正できないと、これからも他の人が普通にできること、しかも本来なら自分も余裕でできることに七転八倒することになるのだろうと憂鬱です。
しかしどうやって修正したらいいのか分かりません。
ただ、自分には決して根性がないわけではないと思えたことだけはよかったです。
みんなに見えてる地面が見えなくて、それでも渡ってきたんだと思います。
高所恐怖症の人がいるように、人それぞれ怖いことはあるのが普通です。
でも私の場合は人生にヒドイ損害になりそうな恐怖症なので、できれば治していきたいです。
もし無理なら、自分が安心できることだけやって生きていけるように、道を探すつもりです。
せめて何に反応するのかだけでも知りたいものです。
こういうことにお詳しい方はコメントいただければ幸いです。